創薬ベンチャーで分析開発を任された5年間、いちばん時間を奪われたのが機器選定の判断でした。
私は薬学部の修士課程を出た後、後発医薬品メーカーの品質管理部門で8年、その後とある創薬ベンチャーの分析開発担当として5年勤め、現在はフリーランスで医薬品分析や創薬支援機器のコンサルティングをしています。藤村拓海です。
大手にいた頃は機器が「すでにある」状態で仕事を始められましたが、ベンチャーに移った瞬間、すべてゼロから揃えていく必要が出てきました。HPLCひとつ買うにも数千万円。溶出試験器も数百万円。資金繰りと開発スピードの両方を睨みながら、どのサプライヤーに何を頼むか決めていく作業は、想像以上にしんどかったというのが正直なところです。
この記事では、私自身の実務経験を元に、創薬ベンチャーが新薬開発用機器を導入する際のサプライヤーの選び方と、国内外の主要メーカーの特徴を整理しました。これから機器選定に向き合う方や、既存サプライヤーの見直しを検討している方の判断材料になれば嬉しいです。
目次
創薬ベンチャーが新薬開発用機器を選ぶときに直面する3つのハードル
新薬開発に必要な機器は、種類も価格帯も幅が広いものです。何を、どのタイミングで、誰から買うのか。この判断には、大手とは違うベンチャー特有の難しさがあります。
高額な初期投資と限られた資金繰り
最も大きいのは、やはり資金面のプレッシャーです。
たとえば高速液体クロマトグラフ(HPLC)一式で500万円から1,500万円、質量分析計(LC-MS/MS)になると3,000万円から1億円近く。溶出試験器も自動サンプリング機能付きのモデルになれば1,000万円を超えてきます。これらを開発フェーズの早い段階で全部揃えるとなると、シリーズAで集めた資金がすぐに溶けます。
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が公表している創薬ベンチャーエコシステム強化事業では、認定VCからの出資を要件とした実用化開発支援が行われていますが、それでも自社で持つべき機器と外注する機器の見極めは、経営判断として避けて通れません。
開発フェーズごとに変わる機器ニーズ
もうひとつ厄介なのが、フェーズによって必要な機器がガラッと変わるという問題です。
化合物探索の段階で必要なのはハイスループットスクリーニング向けの機器、前臨床に入ると安全性試験や薬物動態評価のための機器、製剤開発に進めば溶出試験器や物性評価機器、品質試験フェーズに入るとGMP対応の精度を持った分析機器が必要になります。
最初に買った機器が3年後にはほぼ使わなくなる、という事態も普通に起こります。だからこそ「いま必要な機器」と「将来必要になる機器」を分けて考える視点が要ります。
バリデーション・サポート体制の重要性
意外と見落とされがちなのが、機器導入後のバリデーション業務とサポート体制です。
医薬品の品質試験で使う機器は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)が実施するGMP適合性調査の対象となります。機器が薬局方の要求に適合しているか、定期的なキャリブレーションやIQ/OQ/PQ(据付・運転・性能適格性確認)が実施されているか。このあたりを自社だけで回せるベンチャーは、正直ほぼありません。
サプライヤーがどこまでサポートしてくれるか。これは購入前に必ず確認すべきポイントです。
新薬開発で必要になる機器カテゴリーと主要サプライヤー
次に、開発フェーズごとに必要になる機器カテゴリーを見ていきます。創薬ベンチャーの実務で実際に使ってきた感覚をベースにまとめました。
化合物探索・スクリーニング段階で使う機器
ここでは大量のサンプルを効率よく評価することが優先されます。主に必要となる機器は次のとおりです。
- ハイスループットスクリーニング(HTS)装置
- マルチリアクターシステム(合成検討用)
- 質量分析計(化合物同定)
- セルアナライザー、フローサイトメーター
- 薬物溶解度測定装置
化合物の合成・同定・スクリーニングを並行して回す必要があるので、自動化と省サンプル化が肝になります。
前臨床・製剤開発段階で使う機器
候補化合物が絞られたら、ここからは製剤化と動物実験への対応が中心になります。
- 高速液体クロマトグラフ(HPLC)
- LC-MS/MS(薬物動態解析)
- 膜透過試験システム
- 物性評価装置(粒度、結晶形)
- レオメーター・粘度計
このフェーズで揃える機器は、後の品質試験フェーズでも継続して使えるものを選んでおくと無駄が少ないです。
品質試験・バリデーション段階で使う機器
GMP対応が前提となる、最もコストとサポートが要求されるフェーズです。
- 溶出試験器(薬局方適合)
- 含量均一性試験装置
- 安定性試験装置(恒温恒湿器)
- 標準品(USP、NIST、EP、BP対応)
- バリデーション関連サービス
この段階では「機器を買う」だけでなく「バリデーション体制を整える」ことが同じくらい重要になります。
国内・海外の主要サプライヤーをカテゴリー別に比較
主要サプライヤーをカテゴリー別に見ていきます。
総合分析機器メーカー
HPLC、質量分析計、分光機器など分析機器全般をカバーする大手です。分析計測ジャーナルの調査によると、HPLC市場のシェアは島津製作所が52.4%、Watersが19.9%、日立ハイテクサイエンスが10.2%、アジレントが8.1%、日本分光が5.6%という分布になっています。
| メーカー | 強み | 創薬ベンチャー目線でのポイント |
|---|---|---|
| 島津製作所 | 国内HPLCシェアNo.1、サポート網が広い | 国内対応の手厚さで安心感が高い |
| Waters | HPLCのパイオニア、UPLCが定番 | 世界的に論文での使用実績が多い |
| Agilent | 分析機器全般のラインナップが充実 | グローバル展開を見据える際に有利 |
| Thermo Fisher Scientific | 質量分析計に強み、CAD検出器など独自技術 | バイオ医薬品開発で選ばれやすい |
| 日立ハイテクサイエンス | 国内メーカーNo.2、研究機関との関係が強い | アカデミア出身ベンチャーとの相性が良い |
総合メーカーは選択肢として安定感がありますが、サプライヤーへの依存度が高くなりやすい側面もあります。複数メーカーを使い分ける運用も視野に入れておくとよいです。
溶出試験器・製剤評価機器に強いメーカー
製剤化フェーズで主役になる領域です。創薬ベンチャーが見落としがちなのですが、後発医薬品ではない新薬であっても、最終的に溶出試験は必ず通ります。
国内では富山産業の溶出試験器が約50年の歴史を持ち、JP・USP・EPに対応した機種で広く使われています。海外メーカーではDistek社のModel 2500やSotax社の機種が現場でよく見かけられます。
このカテゴリーで個人的に注目しているのが、海外製の溶出試験器を輸入販売しつつバリデーション・キャリブレーションまで一貫サポートしている専門商社です。たとえば日本バリデーションテクノロジーズ株式会社(現フィジオマキナ)の取扱機器ラインナップでは、DISTEK製のバスレス溶出試験器EVO6100や、塩野義製薬と共同開発したIVIVC Enhancer、薬物溶解度測定装置のRainbow、膜透過試験システムのµFLUXなど、創薬から製剤評価まで使える機器が揃っています。エーザイ、沢井製薬、武田薬品、日本新薬など製薬大手との取引実績もあり、国内対応のしやすさという意味で創薬ベンチャーが検討候補に入れる価値はある存在です。
創薬研究機器・特殊機器に強いメーカー
合成検討用のマルチリアクター、低周波ラマン分光(THz-Raman)、ICP-MS前処理装置など、特定領域に強みを持つメーカーが存在します。これらは研究テーマによって必要になる機器が大きく変わるので、自社のパイプラインに合わせて選定することになります。新規モダリティ(核酸医薬、抗体医薬、細胞治療)を扱うベンチャーは、それぞれの領域に特化したメーカーをリスト化しておくと選定がスムーズです。
創薬ベンチャーがサプライヤー選定で押さえるべき5つの観点
ここからは、私自身が機器選定で痛い目を見ながら学んできた判断基準を、5つに整理しました。
1. 開発フェーズとの整合性
「探索フェーズで買った機器が、品質試験で使えない」という事態は本当に起こります。GMP対応のグレードかどうか、薬局方適合の認証があるかは、購入前に必ず確認しておきたいところです。安価な研究用グレードを買って数年後に品質試験用を買い直す、という二重投資はベンチャーには厳しいです。
2. バリデーション・キャリブレーション体制
機器を導入したら、IQ/OQ/PQをサプライヤーが実施してくれるのか。年次のキャリブレーションをどう回すのか。この体制が整っていないと、PMDAの調査時に苦労します。サプライヤー選定の段階で、バリデーション業務の対応範囲を必ず聞いておきましょう。
3. 受託分析サービスの有無
「自社で機器を買うか、外注するか」の判断材料として、受託分析サービスを持っているサプライヤーは選択肢が広いです。最初は外注で進めて、サンプル数が増えたら購入に切り替える、といった柔軟な運用ができます。
4. 標準品・消耗品の安定供給
意外と盲点なのが、標準品やカラム、消耗品の供給体制です。USP標準品、NIST標準品、EP標準品など、国際薬局方に準拠した標準品が安定して入手できるかは、品質試験の信頼性に直結します。納期遅延が常態化しているサプライヤーは、長く付き合うとストレスが溜まります。
5. 国内サポート拠点と対応スピード
機器が止まると、開発も止まります。国内のサポート拠点がどこにあって、トラブル時にどれくらいで駆けつけてくれるか。海外製機器を選ぶ場合は、ここが決定的に重要です。本社が海外でも、国内代理店が手厚くサポートしてくれるなら問題は小さくなります。
購入以外の選択肢:レンタル・リース・シェアラボ・受託試験
機器選定は「買う」だけが選択肢ではありません。むしろ創薬ベンチャーにとっては、買わない選択肢を組み合わせる方が現実的なケースが多いです。
レンタル・リースの活用シーン
短期プロジェクトや、特定のフェーズだけ必要な機器はレンタルで賄うのが合理的です。月額数十万円から借りられる機器も多く、初期投資を抑えながら最新機器を使えるメリットがあります。
中長期で使う前提ならリースも検討対象です。固定費化することで会計上の扱いが楽になり、契約満了時に最新モデルへの切り替えもしやすくなります。
シェアラボという第3の選択肢
ここ数年で急速に整備が進んだのがシェアラボです。
東京医科歯科大学内のシェアラボや、Beyond BioLAB TOKYO(日本橋)、神戸のスタートアップ・クリエイティブラボ、大阪のターンキーラボ健都など、国内でもバイオ・創薬ベンチャー向けのシェアラボが拡大しています。高額機器を共用設備として利用でき、入居者同士の交流からオープンイノベーションも生まれやすい環境です。
私の知人のベンチャーでも、シリーズA直後はシェアラボに入って必要最小限の機器投資で立ち上げ、シリーズBで自社ラボを構えるケースがありました。資金効率の観点では合理的な選択でした。
CRO・分析受託会社への外注
開発業務受託機関(CRO)や分析受託会社の活用も忘れてはいけません。臨床試験はもちろん、非臨床試験や品質試験まで、専門のCROに任せることでベンチャーは創薬コア技術に集中できます。
厚生労働省の医療系ベンチャー支援ガイドブックでも、外部リソースの戦略的活用が推奨されています。すべてを自前で抱えず、勝負どころと外注で分けるという発想は、創薬ベンチャーの定石です。
サプライヤー選定で失敗しないための実務的アドバイス
最後に、5年間の創薬ベンチャー実務で身に染みた教訓を3つお伝えします。
「最初から完璧」を目指さない段階的導入
立ち上げ時は、必要最小限の機器に絞ることが鉄則です。「将来使うかもしれないから」で買った機器の8割は、実際にはほぼ使われません。フェーズが進むごとに、その時点で本当に必要な機器を順次追加していく方が結果的にコストパフォーマンスが高くなります。
サプライヤーとの長期関係構築
機器メーカーや代理店との関係は、購入してから始まります。トラブル時の対応、新製品の情報提供、他社事例の共有など、長く付き合うほど得られる情報は増えていきます。値段だけで選ばず、担当者の対応や提案力も評価軸に入れておくと、後々助けられる場面が出てきます。
政府支援制度の活用
AMEDの創薬ベンチャーエコシステム強化事業、経済産業省のバイオベンチャー支援、各自治体の研究開発補助金など、活用できる制度は意外と多いです。機器導入の費用補助に使える制度もあるので、専門家の助言を得ながら積極的に検討してみてください。
まとめ
創薬ベンチャーの機器選定は、資金、開発スピード、規制対応、サポート体制という複数の軸を同時に考慮しなくてはならない難しい仕事です。
ただ、フェーズごとに必要な機器を見極め、購入・レンタル・シェアラボ・受託を組み合わせていけば、限られたリソースでも質の高い研究開発体制は構築できます。サプライヤーは「物を買う相手」ではなく「研究開発のパートナー」。この視点を持てるかどうかが、長期的な開発成功を左右する気がしています。
これから機器選定に向き合う方の判断材料になれば、書いた甲斐があります。






